長女が高校2年生のときのこと。
ある時、突然、学校に行かなくなった。
最初は、2週間くらいだったと思う。
その後もしばらくは、行ったり行かなかったり。
「どうしたの?」
聞いても、はっきりした理由はわからない。
本人にも、うまく言葉にできなかったのかもしれない。
学校から連絡があったのは、5日ほど休んだ頃だった。
でも、その頃の娘は、家にずっといるわけでもなかった。
図書館に行って、一日を過ごしていた。
それを知った私は、
「学校には行かないのに、図書館には行くんだ……」
そんなふうに思ったことを覚えている。
今思えば、娘なりに、家に閉じこもるのではなく、自分の居場所を探していたのかもしれない。
でも、その時の私は、そんなふうには考えられなかった。
「このままで大丈夫なの?」
親なら、きっと一度は思うと思う。
学校に行かない。
このままでいいの?
勉強は?
友達は?
進路は?
このまま学校を辞めてしまったら?
将来はどうなるの?
私は、いろんなことを考えた。
そして正直に言うと、
学校に行ってほしかった。
「今日は行ってみたら?」
「少しだけでも行けない?」
そんなふうに、娘に言っていたと思う。
今振り返ると、娘にとっては、それがプレッシャーだったかもしれない。
でも、その時の私には、
娘の未来が心配だった。
ただ、それだけだった。
娘には、はっきりとした理由があったのかもしれない。
友達関係だったのかもしれない。
クラスの中で、自分の居場所がわからなくなっていたのかもしれない。
高校1年生の頃から仲の良かった友達と離れ、高校2年生になって新しい人間関係を作っていく時期でもあった。
私は、
「自分の居場所が見つからないのかな」
「自分のことを、どう思っているんだろう」
そんなことを考えたりした。
でも、結局のところ、
娘が本当は何を感じていたのか、私は全部は知らない。
今でもそう思う。
私も、いろいろ調べた。
本を読んだり、ブログを読んだり、YouTubeを見たり。
若い職場の人に話を聞いてもらったりもした。
ある人から、
「自分の価値とか、自分の居場所がわからなくなっていることもあるんじゃないですか?」
そんな話を聞いた。
その言葉が、妙に心に残った。
娘にとって、今必要なのは、
「学校に行くこと」だけじゃないのかもしれない。
そう思うようになった。
そして、夏休み前。
2日間、クラスでクラスマッチがあった。
その頃の娘は、クラスの女の子たちと一緒に過ごしていた。
お昼ご飯を一緒に食べたり、
休み時間を一緒に過ごしたり。
少しずつ、娘の中に居場所ができていったのかもしれない。
そして、夏休みが終わると、
娘はまた普通に学校へ行くようになった。
2学期も、3学期も。
何事もなかったかのように。
今、娘は大学1年生。
楽しそうに大学へ通っている。
仲の良い友達もできて、
毎日を楽しんでいるように見える。
でも、たまにあの頃の話をする。
「私、あの時は学校行く気がしなかった。」
そして、
「本当に辞めてもよかったと思ってた。」
そう言う。
私は今でも、その言葉を聞くと少しドキッとする。
あの頃、私が心配していたこと。
「学校を辞めたら、この子の人生はどうなるんだろう」
そんなふうに思っていた。
でも今の娘を見ていると、
人生って、親が思っているほど一本道じゃないんだなと思う。
高校3年生の頃。
進路の面談で、担任の先生が娘に言ってくれた言葉がある。
あの時、学校に行けなかった時期も、
「必要な時間だったんじゃないか」
と。
そして、
「またそういう時が来たら、無理して頑張らなくてもいい」
そんな意味のことを話してくれた。
その言葉を聞いた時、
私は少し救われた気がした。
あの時のことを、
「行かなかった」
「休んだ」
「困った出来事」
だけで終わらせなくてもいいんだ。
そう思えた。
親って、子どものことなら何でもわかると思っていた。
でも、実際には違う。
子どもが何を考えているのか。
何に悩んでいるのか。
何がつらいのか。
聞いても教えてくれないこともある。
親にできることは、
話を聞くこと。
安心できる場所を作ること。
必要な時に手を差し伸べること。
そして、
その時、その子にとって何が一番いいのかを一緒に考えること。
それくらいなのかもしれない。
今、大学生になった娘を見ていると、
「あの時、学校に行けなかったことも、娘の人生の一部だったんだな」
と思えるようになった。
もちろん、当時はそんな余裕はなかった。
心配で、心配で仕方なかった。
できることなら、代わってあげたかった。
でも、代わることはできなかった。
そして今も、
子どもの人生を親が代わってあげることはできない。
少しずつ、
子どもの人生は、子どものものなんだ
と、私も学んでいる途中です。
あの時、学校に行けなかった娘へ。
あの頃のお母さんは、
あなたのことが心配で仕方なかった。
だから、
「学校に行ってほしい」
「このままで大丈夫なの?」
って、何度も言ってしまったね。
ごめんね。
でも今は思う。
あの時間も、きっとあなたに必要な時間だったんだね。
そして今、
楽しそうに大学へ通っているあなたを見ていると、
お母さんはとても嬉しいです。
人生、何があるかわからない。
だからこそ、
これからもあなたの人生を、
少し離れたところから見守っていきたいと思います。
あの時、学校に行けなかった娘へ。
今は、ちゃんと笑っているね。
それだけで、お母さんは嬉しいです。


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